2008年 01月 26日
近江聖人 中江藤樹中江藤樹先生は
江戸時代初期の儒学者(1608-1648)。わが国の陽明学の祖。
名は原(げん)、字は惟命(これなが)、通称は与右衛門(よえもん)。
近江国小川村(おうみのくにおがわむら・現在の滋賀県高島市安曇川町上小川)に生まれる。9歳で伯耆国(ほうきのくに・現在の鳥取県)米子の加藤貞泰の家臣であった祖父・中江吉長の養子となる。その後、藩主の転封に従って伊予国(いよのくに・現在の愛媛県)大洲に移住する。
15歳で祖父が没した後は、禄100石を受ける。27歳の時、郷里の母への孝養および身体の健康を理由に辞職を願い出るが許されず、脱藩して郷里の小川村へ帰る。郷里では母に仕えつつ学問と教育に励む。時に、居宅に藤の老樹があったことから彼は”藤樹先生”と呼ばれた。没後、藤樹先生の遺徳をたたえて”近江聖人”と称された。

致知出版社が中江藤樹賞を受賞して記念講演会を昨年の12月に開きました。私はその時、初めて中江藤樹という方が大変素晴らしい方だったのだと言うことを知り、いつの日か藤樹記念館を訪れてみたいと思っていましたが、こんなに早くその機会が来るとは思いませんでした。
雪景色の藤樹神社 今年は中江藤樹生誕400年祭が執り行われる

41年の生涯で日本人に残した遺徳は計り知れず、こうして400年たった今でも人々に‘人はこう生きるのですよ’と教えています。
人間、如何に生きるべきかと問いを発したときに手本となる先人がいたことに感謝です。
そして、その教えを後から来る人々に伝えて行こうと志せば、自分にも幾ばくかは生きた証が残せようというものです。
中江藤樹記念館がある高島市と常陸太田市の接点を見つけました。

高島市は浙江省余姚市と友好都市であることです。
陽明学は明の時代に王陽明が開いた儒教の一派ですがその王陽明が住んでいたところは常陸太田市と友好都市になっている浙江省余姚市です。
徳川光圀の先生の朱舜水も余姚市の出身でした。
中江藤樹先生の住んでいた地と我がふる里の常陸太田市が今の世で縁があるとは嬉しい限りです。
中江藤樹の教えは全国に広がりをみせ水戸の弘道館もその流れを汲む

滞在時間はわずか2時間でした。
降り出した雪は吹雪になり湖西線が止まるかもしれないと言うことで、隣の藤樹神社だけは参拝しましたがその他のゆかりの地は訪れることが出来ずに帰ってきました。
またいつか再訪したいと考えています。
中江藤樹の教え 五事を正す


