私は、ダメな自分を許します。
私は、ずぼらな自分を許します。
私は、気持ちの小さい自分を許します。
私は、臆病な自分を許します。
私は、朝寝坊な自分を許します。
私は、約束を守らない自分を許します。
私は、人に無関心な自分を許します。
私は、いい加減な自分を許します。
私は、夜更かしな自分を許します。
私は、元気のない自分を許します。
私は、女好きの自分を許します。
私は、欠点だらけの自分を許します。
私は、そんな自分が好きです。
私は、ずぼらな自分を許します。
私は、気持ちの小さい自分を許します。
私は、臆病な自分を許します。
私は、朝寝坊な自分を許します。
私は、約束を守らない自分を許します。
私は、人に無関心な自分を許します。
私は、いい加減な自分を許します。
私は、夜更かしな自分を許します。
私は、元気のない自分を許します。
私は、女好きの自分を許します。
私は、欠点だらけの自分を許します。
私は、そんな自分が好きです。
#
by 8jyou
| 2014-11-21 15:23
| 感動、発見
久々に致知メルマガより
◆ 致知出版社の「人間力メルマガ」-----2014年11月6日 ◆
本日、衝撃的なニュースが
飛び込んできました。
桂小金治さん88歳、逝去。
落語家、俳優、タレントと様々な顔を持ち、
ワイドショーの司会や映画、テレビドラマなど
お茶の間の人気者として幅広く活躍されました。
生前、桂小金治さんが『致知』に登場され、
そこで語った「人生を支えた言葉」とは――。
┌───────今日の注目の人─────────┐
「努力の上に辛抱という棒を立てろ」
桂小金治(落語家・タレント)
※『致知』2003年10月号
特集「人生を支えた言葉」より
└───────────────────────┘
この頃(10歳頃)、
僕にとって忘れられない出来事があります。
ある日、友達の家に行ったらハーモニカがあって、
吹いてみたらすごく上手に演奏できたんです。
無理だと知りつつも、家に帰って
ハーモニカを買ってくれと親父にせがんでみた。
すると親父は、「いい音ならこれで出せ」と
神棚の榊(さかき)の葉を1枚取って、
それで「ふるさと」を吹いたんです。
あまりの音色のよさに
僕は思わず聞き惚れてしまった。
もちろん、親父は
吹き方など教えてはくれません。
「俺にできておまえにできないわけがない」
そう言われて学校の行き帰り、
葉っぱをむしっては
一人で草笛を練習しました。
だけど、どんなに頑張ってみても
一向に音は出ない。
諦めて数日でやめてしまいました。
これを知った親父がある日、
「おまえ悔しくないのか。
俺は吹けるがおまえは吹けない。
おまえは俺に負けたんだぞ」
と僕を一喝しました。
続けて、
「一念発起は誰でもする。
実行、努力までならみんなする。
そこでやめたらドングリの背比べで終わりなんだ。
一歩抜きん出るには
努力の上に辛抱という棒を立てるんだよ。
この棒に花が咲くんだ」
と。その言葉に触発されて
僕は来る日も来る日も練習を続けました。
そうやって何とかメロディーが
奏でられるようになったんです。
草笛が吹けるようになった日、
さっそく親父の前で披露しました。
得意満面の僕を見て
親父は言いました。
「偉そうな顔するなよ。
何か一つのことができるようになった時、
自分一人の手柄と思うな。
世間の皆様のお力添えと感謝しなさい。
錐(きり)だってそうじゃないか。
片手で錐は揉めぬ」
努力することに加えて、
人様への感謝の気持ちが生きていく上で
どれだけ大切かということを、
この時、親父に気づかせてもらったんです。
翌朝、目を覚ましたら
枕元に新聞紙に包んだ
細長いものがある。
開けて見たらハーモニカでした。
喜び勇んで親父のところに駆けつけると、
「努力の上の辛抱を立てたんだろう。
花が咲くのは当たりめえだよ」
子ども心にこんなに嬉しい言葉はありません。
あまりに嬉しいものだから、お袋にも話したんです。
するとお袋は、
「ハーモニカは3日も前に買ってあったんだよ。
お父ちゃんが言っていた。
あの子はきっと草笛が吹けるようになるからってね」
僕の目から大粒の涙が流れ落ちました。
いまでもこの時の心の震えるような感動は、
色あせることなく心に鮮明に焼きついています。
◆ 致知出版社の「人間力メルマガ」-----2014年11月6日 ◆
本日、衝撃的なニュースが
飛び込んできました。
桂小金治さん88歳、逝去。
落語家、俳優、タレントと様々な顔を持ち、
ワイドショーの司会や映画、テレビドラマなど
お茶の間の人気者として幅広く活躍されました。
生前、桂小金治さんが『致知』に登場され、
そこで語った「人生を支えた言葉」とは――。
┌───────今日の注目の人─────────┐
「努力の上に辛抱という棒を立てろ」
桂小金治(落語家・タレント)
※『致知』2003年10月号
特集「人生を支えた言葉」より
└───────────────────────┘
この頃(10歳頃)、
僕にとって忘れられない出来事があります。
ある日、友達の家に行ったらハーモニカがあって、
吹いてみたらすごく上手に演奏できたんです。
無理だと知りつつも、家に帰って
ハーモニカを買ってくれと親父にせがんでみた。
すると親父は、「いい音ならこれで出せ」と
神棚の榊(さかき)の葉を1枚取って、
それで「ふるさと」を吹いたんです。
あまりの音色のよさに
僕は思わず聞き惚れてしまった。
もちろん、親父は
吹き方など教えてはくれません。
「俺にできておまえにできないわけがない」
そう言われて学校の行き帰り、
葉っぱをむしっては
一人で草笛を練習しました。
だけど、どんなに頑張ってみても
一向に音は出ない。
諦めて数日でやめてしまいました。
これを知った親父がある日、
「おまえ悔しくないのか。
俺は吹けるがおまえは吹けない。
おまえは俺に負けたんだぞ」
と僕を一喝しました。
続けて、
「一念発起は誰でもする。
実行、努力までならみんなする。
そこでやめたらドングリの背比べで終わりなんだ。
一歩抜きん出るには
努力の上に辛抱という棒を立てるんだよ。
この棒に花が咲くんだ」
と。その言葉に触発されて
僕は来る日も来る日も練習を続けました。
そうやって何とかメロディーが
奏でられるようになったんです。
草笛が吹けるようになった日、
さっそく親父の前で披露しました。
得意満面の僕を見て
親父は言いました。
「偉そうな顔するなよ。
何か一つのことができるようになった時、
自分一人の手柄と思うな。
世間の皆様のお力添えと感謝しなさい。
錐(きり)だってそうじゃないか。
片手で錐は揉めぬ」
努力することに加えて、
人様への感謝の気持ちが生きていく上で
どれだけ大切かということを、
この時、親父に気づかせてもらったんです。
翌朝、目を覚ましたら
枕元に新聞紙に包んだ
細長いものがある。
開けて見たらハーモニカでした。
喜び勇んで親父のところに駆けつけると、
「努力の上の辛抱を立てたんだろう。
花が咲くのは当たりめえだよ」
子ども心にこんなに嬉しい言葉はありません。
あまりに嬉しいものだから、お袋にも話したんです。
するとお袋は、
「ハーモニカは3日も前に買ってあったんだよ。
お父ちゃんが言っていた。
あの子はきっと草笛が吹けるようになるからってね」
僕の目から大粒の涙が流れ落ちました。
いまでもこの時の心の震えるような感動は、
色あせることなく心に鮮明に焼きついています。
#
by 8jyou
| 2014-11-07 11:29
| 感動、発見
小林正観さんが亡くなってから早三年になる。10月12日が命日だった。
久々に東京でプレシードの会合に参加した。
正観さんを偲んで思い出を語り合う会だった。
肉体が亡くなって残るものは、投げかけたものだけ。
生きているうちに手に入れたものは全ておいてゆく。
この会に参加して、私は正観さんから多くのものを戴いたことに気づかされた。
その全ては、暖かさを感じるものだ。
一つ一つのエピソードはほんわかとしているが示唆に富んでいる。
思わず「ありがとうとございます」と言いたくなることばかり。
そして、10月25日には『笑いオープンワールド』が開催されます。
今年は、久しぶりに出かけます。楽しみだなー。
久々に東京でプレシードの会合に参加した。
正観さんを偲んで思い出を語り合う会だった。
肉体が亡くなって残るものは、投げかけたものだけ。
生きているうちに手に入れたものは全ておいてゆく。
この会に参加して、私は正観さんから多くのものを戴いたことに気づかされた。
その全ては、暖かさを感じるものだ。
一つ一つのエピソードはほんわかとしているが示唆に富んでいる。
思わず「ありがとうとございます」と言いたくなることばかり。
そして、10月25日には『笑いオープンワールド』が開催されます。
今年は、久しぶりに出かけます。楽しみだなー。
#
by 8jyou
| 2014-10-18 10:09
| 小林正観の世界
NHK歴史ヒストリア9月3日放送はひどかった。
まるで琉球王国を日本が属国にしたような編集の仕方だった。
ここまでの偏向報道が許されるのだろうか。
たまたま、テレビを見たので驚いてしまった。
ここまでやるのかという印象を受けた。
NHK内部にCCTV(中国中央テレビ)の日本支局があることをほとんどの日本人は知らされていない。
アメリカ合衆国では、アメリカ人以外は放送局では採用しないと聞く。
日本ではそうでもないらしい。
日本人による日本人のための公共放送(NHK)であってほしい。
籾井会長がんばってください。
近現代史が高校では必修になるそうだから、大きな転換点を迎える最後の足掻きを日本を貶めたい人たちがしているのだろう。
嘘は千回言っても嘘。しっかりと真実を見つめて発信してゆきましょう。
まるで琉球王国を日本が属国にしたような編集の仕方だった。
ここまでの偏向報道が許されるのだろうか。
たまたま、テレビを見たので驚いてしまった。
ここまでやるのかという印象を受けた。
NHK内部にCCTV(中国中央テレビ)の日本支局があることをほとんどの日本人は知らされていない。
アメリカ合衆国では、アメリカ人以外は放送局では採用しないと聞く。
日本ではそうでもないらしい。
日本人による日本人のための公共放送(NHK)であってほしい。
籾井会長がんばってください。
近現代史が高校では必修になるそうだから、大きな転換点を迎える最後の足掻きを日本を貶めたい人たちがしているのだろう。
嘘は千回言っても嘘。しっかりと真実を見つめて発信してゆきましょう。
#
by 8jyou
| 2014-09-05 16:33
| 感動、発見
8月30日、ひたちなか市にあるライブラリーカフェ然々にて上記の題でホツマツタヱについてお話をさせていただきました。
資料を10人分作っていったところ、ぴったり10人の参加がありました。びっくりでした。
思い起こせば7月26日にひたちなか市のレストランで結婚式の後、酔い冷ましに然々さんにおじゃましたのでした。
『みやざき中央新聞』の編集長、水谷謹人氏の講演会以来2度目でしたが、オーナーの阿部聡様とは初めてお話しさせていただき、おもしろい話があるのですがここでお話しさせていただいてもよろしいでしょうかとほろ酔い加減で言ってしまいました。
すると、OKですよとの回答に気持ちが大きくなって、とんとん拍子に話が進みました。
言ってしまったものの、何をどこから話して良いのやら、初めて聞く人には信じてもらえるだろうかととても不安でした。
主として、池田満先生の書籍や勉強会の資料からの知識はひとさまの前で話すほどしっかりしておらず、再度資料を読み直す日々を1ヶ月間過ごしました。
さらに、地元茨城にゆかりの物語が随所に出てくるのですが、そこへは何度か足を運んだこともあり、ホツマツタヱおもしろさ、素晴らしさを何とか伝えたいという一心でした。
2時間はあっという間に過ぎました。半信半疑のかた、信じていただいた方、反応はそれぞれでしたが、オーナーから来月もやりましょうと言っていただいたことは何よりうれしいことでした。
3.11で世界から賞賛された、われわれ日本人の心や行動は、いつ頃から培われてきたか。
6000年以上前の日本建国の頃からだと言うことが、ホツマツタヱでわかるのです。
日本人に生まれて本当に良かった。
資料を10人分作っていったところ、ぴったり10人の参加がありました。びっくりでした。
思い起こせば7月26日にひたちなか市のレストランで結婚式の後、酔い冷ましに然々さんにおじゃましたのでした。
『みやざき中央新聞』の編集長、水谷謹人氏の講演会以来2度目でしたが、オーナーの阿部聡様とは初めてお話しさせていただき、おもしろい話があるのですがここでお話しさせていただいてもよろしいでしょうかとほろ酔い加減で言ってしまいました。
すると、OKですよとの回答に気持ちが大きくなって、とんとん拍子に話が進みました。
言ってしまったものの、何をどこから話して良いのやら、初めて聞く人には信じてもらえるだろうかととても不安でした。
主として、池田満先生の書籍や勉強会の資料からの知識はひとさまの前で話すほどしっかりしておらず、再度資料を読み直す日々を1ヶ月間過ごしました。
さらに、地元茨城にゆかりの物語が随所に出てくるのですが、そこへは何度か足を運んだこともあり、ホツマツタヱおもしろさ、素晴らしさを何とか伝えたいという一心でした。
2時間はあっという間に過ぎました。半信半疑のかた、信じていただいた方、反応はそれぞれでしたが、オーナーから来月もやりましょうと言っていただいたことは何よりうれしいことでした。
3.11で世界から賞賛された、われわれ日本人の心や行動は、いつ頃から培われてきたか。
6000年以上前の日本建国の頃からだと言うことが、ホツマツタヱでわかるのです。
日本人に生まれて本当に良かった。
#
by 8jyou
| 2014-09-01 18:57
| ホツマツタヱ

